お前とかお前の姉ちゃんに、この問題を整理させるつもりはないから。もしそういうことが起きそうなのであれば、ほんとに俺とおじさん2人で海に飛び込むくらいの覚悟を持ってる。
大学3年くらいから、ちょっとずつ人に話せるようになってきたかなってことやねんけど、俺さ、小さい頃から6人家族で、父さん、母さん、ばあちゃん、お姉ちゃん、俺、でもう一人、おじさんってのがいたんよ。おじさんってのが、俺のお父さんのお兄さん。で俺が生まれたときから、その家で一緒に暮らしてきたのよね。でまぁ何かっていうと、統合失調症って聞いたことある? 精神病やねんけど。
おじさんはもう20代の前半くらいには既に精神病になって、たしか、東京で働いてたときに発症したらしい。で本当は施設に入って療養しても治るかどうかの精神病なんやけど、当時生きてたおじいちゃんが世間の体裁もあったのか、病院に移すことを嫌がったらしくて。で結果的におじさんは62歳で、まだ家に居るって感じなんよね。
でこれがどういう病気かっていうと、思い込みよね。どういう思い込みかっていうと、盗聴をされているであったり、スパイがいるとか、そういう類の。「近所に住んでるおばさんは敵の組織のスパイやから嫌い」みたいな。でそれだけやったらいいんやけど、こう、性格が二重人格みたいなところがあって。普段めちゃくちゃ温厚で優しいんやけど、病気が発症してるときは ほんとにクレイジー。うん。とにかく叫ぶ。すごく叫ぶ。
で例えばこう、子供が近所でキャーキャー騒いでたりしたら、自分のことを言われてると思い込んで「おい、やめろ」みたいにいきなり騒ぎたてる。
ほんで、俺はもう物心ついたころから、そういうもんなんや、これが家庭として普通なんやと思ってたから、あんまり気にしてはなかった。でもやっぱりこう、小学校も3、4年とか、中学、高校とかになると、わりかし自我が芽生えてくるし、恥ずかしいって気持ちも出てきたんよね。だからいつおじさんが体調崩して叫び出すかも分からんから、あんまり友達とかを家に呼びたくなかった。で友達を家に呼んだもんなら、おじさんも家にずっと居るわけやから、もう友達どころじゃないんよね。話とか全く入ってこんのよ。笑えない。笑ったら、笑ったで、おじさんが叫び出すかもしれんし。
でたしか、中学のときに1回友達2人が家に来たことがあって、まぁまぁギャーギャー大騒ぎしてたんよね。そしたら案の定おじさんが階段登ってきて、俺らに向かって「俺の悪口言うな」って叫びだして。もうそのときに、終わった。友達失った。って思ったよね。友達も友達でそんな病気なんも分からんから「え、なんなんあいつ」みたいな。
それが子供ながらにね「あー、なんで、おじさんはこういう病気やねん。分かってあげて」ってことが言えなかったんかなって結構考えたなー。
でもある日ね、俺が酒飲む年齢になったくらいのときに父さんから、「おじさんは絶対治らへんからな」ってはっきり言われた。でその後に「お前とかお前の姉ちゃんに、この問題を整理させるつもりはないから。もしそういうことが起きそうなのであれば、ほんとに俺とおじさん2人で海に飛び込むくらいの覚悟を持ってる。なんならそうする」って言われて。だから、そういうことを父さんに言われると結構考えさせられたよね。
それに今も病気が快方に向かってるわけではないから。家族問題やから。だから根深い。でも遅かれ早かれ、なんかでかいこと起こるんちゃうかって常に思ってる、正直。何があってもおかしくない。
その、父さんもよく言うてるねんけど、おじさんよりも父さんの方がたぶん早く死ぬ。それは俺も思う。なんでかって、おじさんって、20代前半くらいで社会から離脱して、それからずっと家に篭ってて世間を知らん。で別にあー俺はこういう生活しててダメだみたいな感情すらわかないわけよ。純粋。超純粋。
でも一方で父さんに関しては俺を大学に行かせるためにもすごい頑張ってくれてたのも分かるし、夜勤とかある仕事やからストレスを抱えてるわけよ、今も。そこに重ねて、この家族問題やから。そりゃ精神すり減らして、いつ倒れてもおかしくないやろな、ってのは思う。だからおじさんより父さんの方が早く死ぬってこと前提で「いざとなったら俺がおじさんと一緒に車で海に飛び込む」って言うのも納得できる。やめて、とは思うけど。言うてる意味も分かる。
「兄貴やねん」「これでも兄貴やねん」って。どういう心情なんやろ、と俺は思うけど。俺やったらそこまでの覚悟は背負えへんやろな。
でも、やっぱりこの話すると「俺は守られてんな」と思う。父さんから。ずっと、今までもこれからも。